鍵と錠前の歴史~日本編~

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鍵と錠前の歴史~日本編~

現代の日常生活の中で防犯する際に必ず必要となる鍵ですが、その歴史は一体どうなっているのでしょうか。日本での錠前がどのように進化してきたのか、そして作り方や技術にはどういったものがあるのかをご紹介いたします。 人が財産を持つようになり、それを守るため工夫されたものが鍵となります。錠という形を取った最古のものは紀元前2000年の「エジプト錠」と言われています。では日本で最古の鍵とされているものはいったいいつの時代に作られたものなのでしょうか。それは大阪府羽曳野市の野々上遺跡から出土した「海老錠」と言われた海老の形をしたもので650年頃のものと推定されています。そして歴史が進むにつれ錠前の作り方が向上して防犯の意味合いの強い錠が作られるようになり、今日の生活で鍵は欠かせない道具となりました。

戦国時代の鍵

和錠は戦国時代ごろから金属加工技術が発達して独自の作り方で作られました。仕組みの原理は板バネ式のもので、四角く左右対称の形となっています。歴史が進むにつれて鍵穴の作り方は横から全面に変わってきました。江戸時代に入り平和な時代が続いて刀鍛冶が錠前師となり商人の要求に応じて立派なものを作るようになりました。この時代の和錠は形や意匠で分類すると7種類に分類する事が出来ます。このうちの3種類は全国共通で4種類は特定の地域で生産されています。特に砂鉄の産地や刃物の産地で盛んに作られてきました。

江戸時代の防犯はとてもしっかりしていた?!

歴史物の番組を見てみると民家には鍵がないようにみえます。これは演出上しているのか、実際に戸締りはしていなかったのかどちらなのでしょうか。実際の江戸時代において基本的に外出時に戸締りはしていませんでした。戸締りをせずに外出しても大丈夫なのは江戸時代は防犯体制が整備されており、木戸番・自身番という役職の人が24時間通行人を監視していました。そのため不審者がいた場合すぐに尋問逮捕を行っていたため鍵をせずに外出しても大丈夫だったのです。また長屋住まいの住民たちはお互いに助け合っていたのも理由の一つです。

防犯に対する意識が強まった高度成長期

日本の歴史で忘れてはいけないのが高度成長期です。この時期は人口増加が急激に起こり都市に移住する人が増えて言いました。高度成長期には人々の資産が増えていく反面、窃盗などの犯罪も増えて行くようになりました。また、人口が急激に増えた事により住宅も増えマンションや集合住宅等も増え、空巣被害も増えて行きました。そのため、高度成長期には自宅の戸締りや、空巣対策などさまざまな対策が行われ防犯に対する意識が高まっていきました。現在でも空き巣などの家宅侵入が巧妙化しているためセキュリティー技術が向上しています。

空き巣や窃盗が増加しているといっても日本は世界の国の中で治安が良い国として知られています。そのため、自宅に鍵をかけわすれたり近所に少し買物に行く時に戸締りをせずに出かけてしまう人が多くいます。さらに近所との関わりが密接なのでご近所との助け合いをしてきた分、開放的な環境となっているので鍵をかけない事が多いようです。最近では女性はセキュリティー面を気にするようになりましたが、男性の場合は性関係の被害や金銭的なトラブルにも合わないと思っている方が多いため戸締りを忘れてしまう事が多いようです。

昨今の防犯事情

最近は女性も男性も物件を探す際にセキュリティーがしっかりとした物件を探す方が多くなってきています。現在では男性の約8割が物件を探す際にセキュリティーを考慮しているというデータもあります。セキュリティーの高い物件には監視カメラなどがあり、こういった機能がなくても一人用のSECOMを導入することもできます。また、最近の鍵は複製できないような作り方となっているものも多くなっています。昔は飾りとしての意味合いが強かった鍵ですが、歴史を重ねるうちにセキュリティーの道具解いての意味合いが強くなりました。

他社とはここが違う!鍵の特急マスターの強み

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